私たちの人生を振り返ると、その大部分は、実はそれほど「意味のあること」ではないのかもしれません。朝起きて、食事をし、仕事をして、誰かと話し、家に帰る。翌日もまた似たような一日が始まります。特別な出来事より、何気ない時間の方が圧倒的に多いのが人生です。
しかし、私はそこにこそ人生のおもしろさがあると思っています。
精神科医ヴィクトール・フランクルは、人生の意味を一方的に問い続けるのではなく、むしろ「私たち自身が人生から問われている」と考えました。つまり、人生そのものに最初から決められた意味があるのではなく、目の前の出来事にどう向き合うかによって意味が生まれる、ということです。
例えば、毎朝の散歩も、ただ歩くだけなら何でもない行為です。しかし、「今日も季節の変化を感じよう」と思えば、その時間には意味が生まれます。誰かと飲む一杯のコーヒーも、「この人との時間を大切にしよう」と思えば、かけがえのない時間になります。
人生には、意味のない出来事が延々と並んでいるように見えることがあります。でも、その一つひとつに意味を与えられるのは、自分自身です。
「何をしたか」以上に、「その出来事を自分の人生の中でどう意味づけたか」。
人生の豊かさとは、大きな成功や特別な体験の数ではなく、何気ない日常にどれだけ自分なりの意味を見いだせたかによって決まるのではないでしょうか。




